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第2回恵比寿映像祭@東京都写真美術館[恵比寿]new

+会期 2010年2月19日[金]-2月28日[日]
+会場 東京都写真美術館
+休館日 期間中無休
+開館時間 10:00−20:00(入館は 17:30まで)
※2月28日は10:00-18:00(入館は 17:30まで)
+関連URL http://www.yebizo.com/
+概要 恵比寿映像祭立ち上げの理念でもある第1回の総合テーマ「オルタナティヴ・ヴィジョンズ」――映像とは何か?をめぐる問いと答えを、さまざまな振れ幅で選択肢を試しつつ、それぞれに探し求めていくこと――を、基本姿勢として引き継ぎながら、第2回恵比寿映像祭では、全体をひとつに紡ぐキーワードとして、「歌(うた)」を取り上げます。
さまざまな映像に向き合い何かを感じとるとき、いやおうなく私たちは、それまでに自分が見聞きし触れてきたものの影響のもとにあります。どんなに客観的になろうとしても、自分がどこから来た何者なのかということから、本当に自由になることはできません。私たちは、ただ見ているのではなく、逃れようもなく自らに刻み込まれたさまざまな知識や体験を通じて、世界を知覚しているのです。むしろ、誰しもがそれぞれに持つ感性の源泉や、引き受けている立ち位置を顧みることから、映像との向き合い方を新しく問い直すことができるのではないかと考えました。
日本語の「うた」という言葉は、「歌」の意だけではなく、「唄」、「詩」、「謡」、「詞」、といった意味でも用いられます。それぞれを映像になぞらえて考えてみると、映像と音楽、映像と詩性、映像と言葉といった連なりが想起されます。と同時に、記憶や物語、歴史や共同体を形成する媒介として「うた」と「映像」に多くの共通点が見出されないでしょうか?
歌がうたい継がれるように、映像は見る人に体験されることで、生き継がれるもの。どちらにも実体はなく、そこに人が介在して初めて命を保ちます。初めて聞く懐かしい歌があるように、見たはずのない光景に既視感を覚えることがあります。同じ歌を共有することで形作られるコミュニティがあり、同じ映像を体験することで時間や空間を越えて人が結ばれ、複数の記憶が折り重なりあいます。ひとつの歌が失われることで断絶する歴史があるように、映像を失うことで消去される生があります。
たとえば経験的に培われる美しさの基準として、たとえば身体に響く経験知として、たとえば個人を形づくるものとして、たとえば理性や論理では制御できないものとして――「歌」なるものをさがしながら、さまざまな映像について考えてみたいと思います。(公式サイトより)